2016-01-09

情報の塊りの私

今日から3連休です。

午前中お友達の家に遊びに行き、そのワンコともふもふ…。
そのあと妹と市内にあるお蕎麦を食べに行き、帰りにTSUTAYAで大好きな「孤独のグルメ」を借り、隣接するエディオンで家電を見て帰宅。

先日登場したまろ(チワワ・16歳)が現在一人で立ち上がったり歩いたりするのが難しく、排泄のために歩行をサポートする必要があるので、あまり家を空けないようにしています。

午後はお家でまったりとしました。

さて、仕事始めから5日間、毎日いろんなことがありました。

仕事でもそうでなくてもずっと「自分」なはずですが、
「仕事モード」ってありますね。

その仕事における今年のテーマは、「楽しい所に人は惹きつけられる」です。

現在、会社のホームページを制作しています。
(制作は制作会社に依頼)

現在私ともう一人の女性とで構成決めなどホームページ全般を担当していますが、ホームページ開設後、その方が退職する予定のため、運営は私がメインでやっていくことになります。そのうえでとっても大切にしたいのがこのテーマなんです。

私は今の会社で勤める前、手術室の看護師をしていました。

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じゃーん。

当時の私が感じていたことで一番印象に残っていること。
それは「社会の縮図だ」ということでした。
いろいろな人がいることを身を持って経験したのです。

私は看護師として働き始めるまで、ずっと気の合う友達や家族としか過ごしてきませんでした。
もし部活に所属していたら、上下関係がある世界を経験していたのでしょうが、それを知らずに就職。

私は覚えるのに時間がかかるし、要領も良くありませんでした。
状況に応じた準備もまだまだできませんでした。

そんな私。ミスをします。
そのときの、先輩の叱責。

それは今まで経験したことがないような状態でした。

こんな言い方をする人がいるんだ😦

「そんな言い方ないんじゃないの?」という怒りよりも、驚き。

同期の子たちも、各々先輩との関わり中で厳しく言われます。

先輩の立場でいうとしっかりした後輩を育てねばならないし、なにより命に関わる現場。
確実な判断ができるようにするための指導はもちろん必要。

しかし入るもんも入りませんでした。むしろ焦り、的確な判断ができませんでした。

同期の間にもひろがる愚痴。
しかし当時の私は人のことを悪く言うことをひどく毛嫌いしていました。

とにかく自分の中に「誰かに対する批判」が存在することを許しませんでした。
このことに関してはまさに潔癖。

ある時、同期の一人が私に言いました。

「みよこ、辛そう。もっといやだとか言ってもいいのに」

そう言われても、言えなかった私。

ほんとうは、ほんとうにいろんなことを感じていたのにね…

でもその分、エネルギーを自分の成長に生かすように生かすように使っていました。

自分自身の性質(覚えるのおそい。要領わるし。笑)がよくわかったし、そんな自分がどんな指導を受けたらが一番伸びるか、ということもすごくよくわかりました。

それがのちに、自分が指導する側になったときにとても生きました。

すべての人が伸びる指導方法ではなかったと思うけれど、その子の状況をよくみきわめて、その子が落ち着いて手術に対応できるように。それを一番大切にしていました。

いけないことをいけないと言うのはとても簡単だけれど、ただ言えばなおるかといったら違う。
私は、「心にすっとはいっていくような指導」を望んでいたんですね。

さて、今の会社に勤めて5年目に突入しました。
この会社。父親が経営する会社です。

私は母が亡くなった事がきっかけで看護師をやめ、この会社で働くようになりました。

SA®に出会うまで、私は父親と衝突し続けていました。
(正確にはSA®に出会ってからもさらに衝突は激しさをましたんだけども)

父親の存在は、私の人生と切っても切り離せないものでした。

20年間引きこもり。(父がね)
小学生のある時から、ずーと父は家にいました。

父親とその両親(おじいちゃんおばあちゃん)との長年の確執。
両者の間に挟まれる母。
たびたび起こる夫婦喧嘩。
母の苦悩・孤独・自殺未遂(準備のみで済みましたが)。

ずーと見ていてキャッチしていたのは家族のこんな姿でした。

おじいちゃんが亡くなったあとおばあちゃんが会社代表となり。

父は相変わらず会社には出ず。
おばあちゃんに狂ったように大声で罵声を電話で連日浴びせる父の姿。

岐阜をはなれて暮らしていた私は、休日に帰省しているとき、そんな姿を見ていました。

ある日電話がかかってきました。
「おばあちゃんが自殺してまったんやて」取り乱す父の声。

あのときの言葉にならない思い。

「パパのせいでおばあちゃんが死んじゃったんだ」
口にせずともずっと思っていました。

でも父はおばあちゃんが死んだことを「当然」「あるべき姿」「責任をとった」と言う。

理解不能。
噴き出る怒り。

あぁ…。暗くなってきた…苦笑

今は当時の自分から抜けてはいますが、こうして書いているとそのフィールドに引っ張られます。ひー

なにがつらいってね、これらが私の中で「絶対的事実」として存在してしまっていたこと。

私は経験したことやその時できあがった(つくりあげた)トラウマを全て「情報」ととらえています。
この「情報のかたまり」=「私」でした。
その私の中にはあんな自分やこんな自分が存在していました。

でも2014年10月、ロンドンで行われたセミナーでmomoyoさんから語られたある言葉に、私はを衝撃を受けました。

「どんな自分も、自分じゃないんです。」

「どんな自分も…」まで聞いた瞬間、そのあとに続くのは、「自分なんです」という言葉だと思っていました。

ケラケラ笑う自分も自分。
誰かを憎む自分も自分。
そう思うことは、私にとってある種の「救い」となっていたからです。

でも聞こえてきたのは

「どんな自分も、自分じゃないんです」

(心の中の私)「えっ!」

この瞬間、思考がとまりました。
そして私の中の「ほんとうの自分」がむくっと起き上がった感じでした。

やっぱり、思考がとまると明らかに居ますよ。
「ほんとうの自分」

今年の仕事のテーマ:人は楽しいところに惹きつけられる。
これを書くはずだったのになにも語れなかった…😦

SA®と出会うまでの私は、かけがえのない情報です😊
それまでの全ての私がいたから、SA®と出会い、今の私がこうしてあるからね。

だいぶはしょったし、まだまだ語り足りないけれど、
またの機会に。

ホールミヨコが、こうしてホールミヨコになっていくんだな〜。

最後に、今日のまろを。

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今日は久々に車椅子をつかって、歩きました!

車椅子を使って歩いたあとは、なぜかいつもよりも自力で長く立ったり、歩くことができます。
体が本来の姿勢をとりもどすんでないかな。

まーちゃん、いつもありがとう。

ではでは。

 

 

 

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