2018-05-28

私じゃなかったよ〜

自分のコアビリーフをさがす作業を日課にしています。

コアビリーフとは、「自己イメージ」
”これが自分だと深く信じていて、でもその自分を否定している”というもの。
例えば私の話をすると、「私は冷たい」という自己イメージがあり、かつ「冷たい自分はだめだ」と自己否定していました。

「私は冷たい」という自己イメージです。
「私は冷たい」という自己イメージがあることによって、私はある行動をよくとっていました。

それは「冷たくない人になること」。

冷たくないように冷たくないようにと、やさしい人になろうとする。
深ーいところで「私は冷たい」と信じており「絶対に冷たい人だと思われてはいけない」と信じているので、あらゆるシーンで「冷たいかどうかアンテナ」がビンビンに立っていました。
冷たい印象をもたれそうだと察知すると、目にもとまらぬ速さで愛想よくする。
察知から反応までは一瞬です。そのスピードの早いのなんの。
早すぎて、自分ではなかなか気づくことができません。
私はこれが顕著にでるシーンがありました。
妹と一緒に馴染みのお店に出掛けて、食事を済ませて、その店を出る時のことです。
お店の方が我々をお見送りしてくれるのです。
車で駐車場を出ようとする際。
私は笑顔でお店の人に手を振りながら妹に「見てるから手を振って!」と、愛想よくすることを毎回強要していました。
しかもキレ気味。(こわい)
でも顔は笑顔(お店の人に私の笑顔が見えるように)。
でも車の中では俊敏にドスのきいた声が響く。(ほんとにごめんね)
でもサイン出てました。
毎回その直後「あーつかれた」と吐き捨てて車を走らせていたんです。

この自己イメージが見つかってからの私はどうなったと思いますか?

そう。
さらーと出ていくようになった。
妹に「手を振って!」強要することもなくなった。
お店の人を振り返ることもしなくなった。
また、他にも変わったことがあります。
それまではその人の話を、いつも愛想よく聞いていました。
すごい表現豊かに、表情豊かに。「へ~!」「ほ~!」みたいに。
そんなにおもしろくないんですよ、ほんとは。
で、毎回その後ぐったりと疲れていました。
でも話をきいている自分が疲れていることに気づいていなかった。
「私は冷たい」が見つかったあとは、
疲れたなと思ったら無理しない。
つまんねーなと思いながら話をきけるようになりました。
身振り手振りも過剰な感情表現も必要じゃなくなり、「へー」とできるようになりました。
ちょっと気もそぞろな雰囲気を出せるようになりました。
げっそりしているちゃんと自分に気づくようになりました。
楽になりました。
これができるようになったとき、私はずいぶん気を使っていたんだなぁと思いました。

冷たい人と思われないように。

なぜなら私は私のことを「冷たい人」だと思っていたから。
そしてその自分のことを絶対だめだと思っていたから。
今こうして書いていたら、別のわさわさするところが出てきました。
別の堀り所があるみたいなので、これを書き終えたらやろう思います。
こんなふうに「自己イメージ」がみつかると
次々と芋づる式に出てくるようになります。
これは私の実感ですが、
「自己イメージが見つかる」=「それが私じゃないと気が付く」こと。
コアビリーフを見つけるたびに、「自分じゃなかったんだ体験」をする。
その経験を積むことで、自分じゃない自分が自然と色濃くなってくる、ということが起こるのではないかと思っています。
注意点は、「これが自分だ~」にならないこと。
これが自分「だと思っていた」と気づくことです。
似てますが大きな違いなので要注意。
「あんな自分もこんな自分も、全部自分じゃない」の意味が、実感としてもてるようになりました。
まだまだたくさんあるけどね!
頑張ります。
必ずよいセッションにつながるので。

そして自分もずっと楽になるから。

「気をつかってしまう」という人すべてに「私は冷たい」という自己イメージがあるわけではありません。
きっと、その人ならではの自己イメージがあります。
入口はささいなこと。
でもこれってさ、自分のちょっとした変化に気が付かないと、逃します。
しかも世はごまかすまやかすアイテムに溢れているから。
ちょっとむしゃくしゃしたら、自分を見なくていいものに走りやすい環境に我々はおりまふ。
実はアイテムに走って自分を見ないほうがずっと楽だよ。
でも、
セッション?なに?あやしいな~
まずここにハードルがある人が多いと思います。
ただ、コアビリーフは自分ではそんじょそこらじゃ見えません。マジで難しい。
私も毎回う~んう~んてなってます。
でも「あれ?」てなるポイントがあって、
そこからほんとに見つけた瞬間は自分でもびっくりするようなことになります。
うわー!(喜ぶ)だったり、
うわー!?(驚く)だったり、
うお~涙(泣く)だったり。
ひっちゃかめっちゃかになりますが、
「自分だと信じていた思考から自由になる」という経験は
他ではできないなと思っています。
なんか、どんなに癒しをしたとしても、
やっぱりその人自身にフォーカスを当てないと
なんにも解決しない。
そのためにはまずサイキックカウンセリングで
その人が何をもってるか見つける。
それは何個もあって、
場合によってはインナーチャイルドに会いに行き、
場合によってはお母さんのお腹の中にいた時にも会いに行く。
これは私が物理的な存在であるとしたら
できるはずがないし、
私が私に絡まっていたらできない。
私は自分をどんどんクリアにしていかねばならん。
これはちゃんとやらねばいかん。
ほんとに普段の生活でもすごく活きるんです。
ずっと自由になるよ。
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