2020-02-23

タオルをたたんでいいのか?

タオル
こんにちは。

先日、「話し方の学校で」に通っていますというお話をしました。

授業は月に1回ですが、宿題の実践投稿は毎日しています。

今日はある日の投稿から気づいたことを。

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今日はイライラーんとしてしまい、
相手の関心に関心を持つことができない自分に気づく、というシーンが何度もありました。

イライラーん

と

相手の関心に関心をもてない自分

がセットになるというはじめての感覚です。

自分を責めるのではなく、
ただそれに気づきます。

イライラーんをどうするか?

私は今日は、すすーとその場を離れて、
タオルを畳んでみました。

目の前の自分の手はタオルを畳んでいるのですが、心はもやもやーん。

でも構わずタオルを畳みます。

すると、三枚目くらいにはもう
もやもーんがお亡くなりになられました。

良い方法でした。

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タオルを畳む方法、
イライラともやもやから逃れるとても良い方法です。
健康よ。
お酒のんだり、愚痴るのと同じ効果が。
それらよりもエコかも。早いしね。

ただ、実はこのことについて
私にはある考えがあります。

そう、タイトルにあります「タオルをたたんでいいのか!?」です。

タオルを畳むことには、2つの側面があります。

ー 自分のイライラ、もやもやをやりすごせる

ー 自分を知る機会の損失

1つ目:自分のイライラ、もやもやをやりすごせる

タオルをたたむのは
コップの水があふれそうなときに、
一時的に溢れるのを回避する方法です。

回避は、ぎりぎりのときにしのぐ方法として
とくに大切です。

たとえばうつの状態だと、
回避は自分の命をまもるために必要です。

それを超えると、元の状態にもどすのが大変なときは、しのぐの大事。

もやもやしたり、イライラしたときに、
一時的にその感情から逃れる方法として、タオルをたたむのは
とても良い方法である。


2つ目:自分を知る機会の損失

こっちが本題よ。

自分のイライラ、もやもやをやりすごせる方法である一方、

なぜイライラするのか
なににイライラするのか
なんでなんだろう

とことん自分に問う

これがなくなります。

こどものころは、なんでも、「なんで?」だったはず。

いつからか「なんで?」を失ってしまうのね。
どうしたら逃れられるか、と考えるようになる。
つらいからね。

とことん問い(とことんどい)を自分にむけると、自分攻略になる。
相手じゃなくてね。

ただし、自分攻略は結構つらい。
溜めるとね。

身近な人への言葉のプレゼント。

これはやろうとすると勇気がいります。
なぜなら、溜めてるから。

夏休みの宿題を31日に焦ってやる。
大変。

ためるからね・・・

ためないでね。

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最近思うのが、これは相手の課題である、という考え方について。

私これほんとに「惜しいな」と思うシーンがよくあるの。

これは「相手の課題である」と切り離すことは、
相手について考えるのをやめるためで、
自分への矢印までとることではないのよ。

大事なのは、
なぜ自分がそう感じたのか?である。

「これは相手の課題である」とした瞬間に、
自分への矢印がプツンときれてしまうのが見えるの。

話し方の学校では、心の矢印いまどっち?という考え方があります。
心の矢印を相手にむけようね。

すごく大事。
でもね、心の矢印を自分に向ける先に、自分がみえるのよ。

これは、私にとってとても大事な分野。
心の矢印を相手にむけることは、間違いなく大事。
でも自分に向いた矢印はもっと大事です。

言葉が難しいな、

相手に向けるのと同じくらいめちゃくちゃ大事。

これが正しい表現だ。

ここは見えにくいことなのかもしれないなぁ。

だれよりも仲良くしなきゃいかんのは、自分よ。
自分がなにを感じたのか、なぜなのか、がわからないのはだめだ。
自分の声を聞けんのはだめや。
あまりだめだだめだ言いたくないが、これだけははっきり言いたい。

自分のこえをきくことからのがれてはだめや。

ただし!

コップの水がギリのときは、
逃れるの大事。

落ち着いてから自分をみるのがよいよ。

以上、タオルをたたんでいいのか? でした。
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