2016-10-31

「年に一度」の時間

我が家には仏壇があります。

今日は年に1度、お坊さんがお経をあげにくる日でした。

私が小さな頃、この家には、祖父母が住んでいました。

夕食後、祖母は「おぶっぱん」を仏壇にお供えしていました。

私も「おぶっぱん」を金色の器に形良くよそうのをよく手伝ったものです。

年に一度は、ずいぶん前から続いています。

あまり小さい時は記憶にないですが、物心ついてからは祖母と母と私と妹の4人で、この「年に一度」を毎年くりかえしてきました。

そこに父はおりません。

父は祖父母と折り合いがわるく、「年に一度」は決まって欠席。

祖父母が亡くなり、母が亡くなり、年に一度は父と私と妹の3人になりました。

でも今年は、私と妹の2人でした。

父はお寺からきた「年に一度」の予定をみてから、「やる意味がわからない」とごねにごね、
私もそれに対応するのに疲れ、「それなら来なくていいよ」と言ったからです。

そう、これは私のテーマです。
嫌な感情が出るわ出るわ。

「なんでこんなことくらいやってくれんの」
「なんで私がやらないかんのや」

🔽

「家族のためになにもしてくれない」
「家族のきもちをわかってくれない」

🔽

「向き合うことに逃げているのよあのひとは」


頭を支配する嫌な感情と、
真実と思っている思い込みとが見事に絡みつくね。

でも、SA®で学んだだけあります。
この感覚が、私の中にある「みつけなきゃならないもの」だとわかるのです。

せっかく絶好の機会なので、堀りさげてみました。
ほりほりほりほり

ううう〜〜〜わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

もう出るわ出るわ。
でも出るのに感動する私もいて。

そして私のなかにある、「うしろめたさ」にいきついたのです。
まさかそこなんか…でもそうだね…
あぁ、やっぱり私なのね…。

それがゆうべのはなし。

そして私の中で、おぼうさんをもてなしたいという感覚がとてもでてきたので、
湯のみ、茶托、急須、お茶の葉、お菓子の準備、御盆の準備、

外をまわってみえるから、あたたかいおしぼりを出したくて、おしぼり用のタオルと、おしぼり受け、おしぼりを乗せてチンするためのお皿の準備。

順番もろもろシュミレーション。

完璧や。と眠りについたのです。

結果、

スムーズにお茶出し等でき、

思いもよらずおつとめのあとの話は盛り上がり、

とっても楽しい時間を過ごしました。

大変興味深かったのは、

「私はいない」という話がでてきたこと。

私にはそう聞こえたんだけど。
話の内容は忘れてしまいましたが。

私(我)が邪魔をする、というはなしだったと思う。
エゴのおはなしですね。

ガンガンはなして、
双方に話が飛び交って、
楽しかったな〜。

私は普段お仏壇になにもお供えしないし、お経もあげません。
でも、こんな「年に一度」を過ごせたのは、お仏壇があるから。

「年に一度」の時間をもてたことに感謝です。


※11月2日、3日のSA®大阪出張セッションは現在も空きがございます。
ご希望の方はご連絡くださいね。

それではまた。

 

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